幕は開いて閉じてぐるっとまわって結ばれる
篠田千明
2164 1231 Tokyo
(開演前)
舞台監督が楽屋をまわる
舞台監督 こんこん、俳優さん、はじめますけどいいですか?
俳優 おっけーでーす。
舞台監督 こんこん、俳優2さん、はじめますけどいいですか?
俳優2 はーい、だいじょぶでーす、よろしくおねがいしまーす。
舞台監督 こんこん、俳優3さん、はじめますけどいいですか?
俳優3 キャンキャン!キャンキャンキャンキャン!
舞台監督 あー、まずい、俳優3さん、犬にもどっちゃってる。
舞台監督、ボールを廊下になげると、俳優3ダッシュで追いかけて、つかんでもってくる
舞台監督 はーいよしよしよし、おて!
俳優3 はっ!!!あ、すいませんなんか、犬でちゃってたみたいで。
舞台監督 しょうがないですよ、そもそも犬なんですから。
俳優3犬 そうです、僕は犬です、ときたま我を忘れるときもあります。
舞台監督 だいじょうぶですよ、戻ってきましたから、はいそろそろ始めますよ。
俳優3犬 でも僕がこうやって頑張る事で、犬が俳優としてなりたつんだと、いう希望を背負ってやっているんです。
僕はひとりのようでいて、俳優犬協会の連中がこのうしろに全員いるんです。わおーんおんおん。
舞台監督 そうですか、はいはい、なかないで、おちついて。
舞台監督 こんこん、女優さん、はじめますけどいいですか?
女優(1) ちょっとまって、うちの、(2)と(3)がいないの。
舞台監督 あれ、まずいな、じゃあそろったら教えてください。
舞台監督 こんこん、ダンサーさん、はじめますけどいいですか?
ダンサー あ、今ドア開けるとこんなか無重力になってるんであぶないですよ。
舞台監督 あ、そうですか、じゃあ適当にアップしてスタンバイおねがいします。
ダンサー はーい。
女優(2)が廊下でうろうろしているのを少し離れたところで女優(3)が見ている
舞台監督 あ、いたいた、女優さーん!ここに(2)と(3)いましたよお!
女優(1)ええ?
その声で開いたドアに(2)と(3)ははいっていく
舞台監督、袖をぬけてまだだれも観客のいない舞台で声をかける
舞台監督 はい、じゃあ、音響サーン、照明サーン、時間サーン、いいですか?
だれか 時間さん見当たりませーん。
舞台監督 え、時間さんいない?まずいな、またか。。。ちょっとみなさんいっかい、全員動きをとめてください。
はーい。
舞台上、全員動きが止まる
上から時間さんがおっこちてくる
時間さん イテテテテ。。。
舞台監督 ちょっと時間さん、しっかりしてくださいよ。
時間さん はーい、今を生きてる自覚もちまーす。
舞台監督 たのみますよ、ほんとに、そろそろ始まるんで。
はい、じゃあ全員スタンバイしてください。
ぞろぞろ全員位置につく
制作は受付にむかう
舞台監督 演出家さん、いいですか?
ドラが鳴る
舞台監督 はい、それでは幕を閉じてください。
だれか はーい。
大きな幕が舞台上で閉じる
舞台監督、幕の前で腕時計を見てもう一度声をはりあげていなくなる
舞台監督 開演三分前、開場です!
劇場に観客が入ってくる
大晦日の東京は寒く、みなコートを脱いだばかりで頬を赤くしている
二十二世紀後半になっても大晦日にわざわざ芝居を見に来るような人間の本質はそう変わらない
ネアカでミーハーで冒険好きな人種だ
観客の弾んだ息が少しずつ落ち着いてくる
三分後、ゆっくり幕が開く
”ある国は歩くには遠い”
0
舞台上
舞台は張り出していて、三面が客席になっている
次第にみえてくる白い壁
虫がないている
1
男と女が切れ目のない白い壁の前に座っている
少し離れたところに街灯がある
ずいぶん長いこと、この壁の前に座っていたようだ
沈黙を破って女が話しだす
女 ね、、、壁のむこうで、、足音が聞こえる。
男 (よく聞いて)うん。
間
男 壁自体は毎日見かけているけど、こうやって、向こうで誰かが歩いている音を聞くと、全然違うね。
女 今が静かなのかな。
男 久しぶりに気づいたからそう思うんじゃない。
女 そっか。いつもの夜か。この後あの人たちは場所にたどりついたら死刑になるの?
男 ついたら、なのか、途中でショートカットがあるかも。
女 じゃあいつかわからないってこと?
男 や、しらないわかんないけど。それでも本当は明日決まるかもしれないし。
女 うん。
男 生まれる数だけ死ぬ数もないとバランス悪いし。
女、笑って
女 なぜ自分なのかは納得できなくても、明日にでも死刑になる?
男 うーん、、、どうかな。
女 わかんないよね。
男 それとも今日?
女 今日はムリ。ねえ、そろそろかえって寝よう?
男 え、パンケーキは?
女、立ち上がる
女 食べる。
男 俺も食べよ。
女 薬忘れないでね。
にやにやしている女に男もつづいて立ち上がり、つと壁の近くにより耳をすます
顔を見合わせキスをして、二人、いなくなる
舞台面の明かりはおちて
街灯だけがちかちか光る
2
舞台上をおおっていた白い壁が取り去られると裏側にはたくさんの老人たちがいる
そこは議会で、席は右と左に分かれ中央には議長の壇上がある
が、誰も席についておらず、みなそれぞれとっくみあってどたばたしているが、静かである
年老いた議員たちはさすがの年の功で、無言の怒号で議会を満杯にする
ガヤ(無言) だまれ、さっさとだまれじじい
ガヤ(無言) うるさいそっちこそだまれはげぼけ
ガヤ(無言) ばかしねくそが
ガヤ(無言) なんだとじじい
若々しい議長、無言でうごめく老人たちをかき分けて壇上にあらわれ、あたりをみまわして
議長 えー、みなさん静粛に!
状況変わらず無言のガヤがとぶ
議長 えーー、、みなさん、ご静粛に!!
だめだちっともだまらない、しかもなんにもいってないんだからきりがない。
議長、ポケットから錠剤をとりだし、水でいくつかのむ。
議長 ごくん、はーっ。。。
ゆっくり落ち着いた様子で
議長 しかし生き物は学習する。
私はこれまで長々とこの無言の罵りあいにむきあってきて、ついに、
この無言の大河を断ち切るべく、今日はこれをもってきたんだ。
いざ、だ、ま、れ。
音のならない笛を吹く
無言
だが老人たちの動きがとまる
議長 どうですか?静かになりました?もう一度やっとくか。
音のならない笛を吹く
議長 はい、お静かに!あのねえ、このまま低レベルな言い争いをしててもしょうがないでしょう!
無言
議長 さあ冷静になってください。この議題を長い間あなた方は考えつづけてきていて、果てには無言で罵倒しあうまでコミュニケーションが進化しちゃって、それで今がいつか、はっきりおわかりですか?
無言、ためいきがつかれ、年老いた議員がたずねる
議員 長い間って、どのくらいでしたか?
議長 ア、よかった我に返ってもらえましたか。忘れてしまうぐらい長い間です。そして実際ご自身の年齢と一緒なのでご存知かと思いますが。
議員 はーてなあ。その間戦争は何度起こりましたか?
議長 戦争なんかおこりませんよ、戦争はもうおこらなくなったんです。戦争、死語です。
議員 ああ、そうだった。うちらが生まれてくる前にもうおこらなくなっていた。
議長 はー、すっかりぼけてちゃって。。。弱ったな。
いいですか、みなさんはこの議題を解決するためにわざわざ生まれたプロのみなさんで、ここでそれを解決するために成長し、解決するための経験をして、満をじして議論に入ったら、期待に反してこれが一向に終わらない。だけでなく終わらないまま歳を食いつづけている。
議長は次第にいきいき発言しはじめる
議長 人間が議題を思いついたらそれはいつか解決せずにはいられないのです。そういう生き物なのですから、私たちは。
さあ、この議論が始まってもう70年経ちました。ご存知のとおり、すべての法案の決定時効は70年です。
だから、この議論をあと少なくとも何らかの形で3日後までにケツをとらないと、自動的に"To be or Not to be"生きるべきか死ぬべきか”法案の無条件の可決になるわけですよ。
あなたがたの年齢も70です。70年というのはあらゆることに十分な時間です。もういよいよ終わりというわけです。
ムジョーケンとはつまり、生まれてくる前にどう死にたいか聞かれて生まれてくるのを全ての生き物で繰り返す、と。人間だけでなく全ての生き物が、ですよ。プロ、普通、人間のゲノムの違いだけでなく、権利を主張する全ての生き物です。もうイルカの職場への環境改善に対する訴えは、会議室に水槽を常備するべきだ、という起訴が現実としておきてるんです。
端的にいってだるいです。無茶です。ですから、どうにか条件つきで可決してほしいんです、みんな。
議員 それは我々だってわかっています。だからもめてるんです。
議長は少し落ち着きをとりもどし、水をごくり飲む
議長 もめるのも、期限付きですよ。それが3日後なんです。
議員 繰り返しますけど、それは我々にだってわかってます、昨日は4日後だったし、先週は10日後だった。
わかってたって、同じようにもめずにはいられないんです。このままもめたまま期日をむかえるのが最善策なんです、結果を省みなければ。
議長 是非とも結果は省みてほしいです、私としては、普通に。
議員 わかってますよ。
老人たちは不機嫌そうであまり落ち着かない
議員 それでですね。これはもう、強制的にケツをとってしまおうかと思うんですけど。
議長は自分の言葉がもたらした結果を吟味しながら彼らをゆっくり見る
無言
次第にどよめく議会
議員 がやがや、がやがや、そうしようか、そうがいいかもしれない。
話し合いで結論がでてから決めなくてはいけないことは全然ない。そうだそうだ。
老いた議員たち、わっとはしゃぎはじめる
若い議長はなんの感情もこめずにその様子を見ている
議員 それでは議長、ケツをとってください!
議長 はいはい、では3日後にケツをとります。
議員 3日後ですね、わかりました。
引き続きわっとどよめく議会
議員 3日後だ、3日後だよ、なんのケツをとるんだろう、議題だよ、法案だよ、そもそもなんの法案だっけ?
法案の名前?議長!法案の名前はなんでしたか?
議長 そうですねえ。
議長、よく考える
議長 太郎にしましょう。
議員 太郎!太郎!太郎に賛成か反対か、3日後にきまる。
議長 ことはそんなに簡単ではなく太郎が太郎であるために私たちに出来ることはなんだろうか、ということです。
議員 え、なにその口調。ざわざわ。
議長 問題は口調じゃありません。雰囲気です。大体の分量を知っておいてほしいんです。
議員 ざわざわ。
議長 まあ、大体そんなかんじで、それじゃあ、3日後、あいましょう。解散!
議員 え、あ。
年老いた議員たちがぶつぶついってるなかをモーゼのように議長が通り過ぎる
なにか言おうとするものもいるけれど、結局みな黙って見送る
議長がはける
議員たちは所在がなくなり、なんとなく顔を見合わせながらそれぞれの席に座る
幕が閉じる
ここで訳注のように引用されるのは100年前に石に刻まれた人類七大議題
曰く、
1、毛はそるかそらざるベキか
2、生きるべきか死ぬべきか
3、ご飯を食べたくない欲求は承認されるべきか
4、10万年はリアルかどうか問題
5、傘には本当に傘以外の形はないのか
6、非公開
7、舌は何のために使うのがいいか
ご本尊である石はすでに月にとばされ保存されている
アナウンス それではこれから3日後に移動します。お足下の荷物など、過去に置き去りのないようにお願いします。
舞台監督 時間さん、いいですか?
時間さん はーい。いきまーす。
劇場、3日後に移動する
幕が開く
議会のなかは老人たちの熱気につつまれている
と、同時にたくさんの言葉が現実化しておちている
現れた議長は一瞬立ち尽くす
議長 あーあ、またこの3日のうちにコミュニケーション発達させて。
議長、床におちた言葉をよじのぼったり、柔らかいものは足で踏散らしたりしながら壇上にたどりつく
ぶつくさいいながら机の上に散らばってる言葉をはたいて、水と錠剤をとりだし飲む
議長 あー、みなさん。
議員 ぎちょう!
議員がしゃべるとたんに言葉を口からぼこんとでてくる
議長 あーー、いいですいいです、ちょっとしゃべらないで。
議長 しかし!
またばらばら、と”しかし!”が散らばる
議長 あ、もうちょっとやめてやめて。しーーーーーっっ!!!
ええと、つまり、言葉にしようとすると、言葉がでてきちゃうんだから、
こうしましょう、頭で言うことを思い浮かべるだけ。これでどう。
年老いた議員たち、無言で頭をひねりやってみる
議員 あ、あー、あー、あ、あー
失敗作がいくつもおちつつも、
議員 あ、いけたいけた
議長 あー、よかった。はい、それではみなさん、いよいよ投票の日ですが、心の準備はよろしいでしょうか?
議員 おー!!!
議長 それでは早速、投票にうつりたいと思います。
いいですか、”生きるべきか、死ぬべきか”、頭の中でしっかりおもい浮かべてください。
よーい、どん!
空中に大きなはさみがでてきて、天井から伸びたリボンをじょきんと切ると、客席に吊るされたくす玉が割れる
くす玉のなかにはなにもはいっていない
議長 はい。死ぬべき、で可決、ということで、おめでとうございます!
はい、じゃあ今晩にでも、書類にサインしてもらったら、みなさんいつでも、壁の向こうに行ってもらって構いませんよ。
老人たち、はしゃぎはじめる。
議員 わあ!やったやった!
議長、槌をとりだし、トントン、とたたく
議長 それでは解散!
年老いた老人たちは座席からたちあがり、喜びながらはけていく
議長は首をまわした
プロの議長である彼は、自分の尊厳をまげない程度にためいきをつき、しかし見た目には快活に議会をでて長い廊下にでた
ようやく一つの案件が終わったにすぎない
彼は分厚いドアの向こうでピアノの練習をしている部屋を通り過ぎるようにいくつもの議会をとおりすぎて、
入り口で自分のIDをひきかえ、冬の街にでていった
幕が閉じる
3
幕が開く
誰もいない舞台
舞台上には瓦礫
瓦礫のなかに車があり、
車のラジオはかかりっぱなしである
DJ 新しいのになぜか懐かしさを感じる景色、サウダージジャパーン♪
この番組の提供はいつも近くに微笑みを、みそ汁のオカダがお送りします。
車の空きっぱなしの窓からBGMとDJの声がながれる
DJ
さてみなさん今回、わたしたちが訪れるのは今だに復興のつづく川崎近辺の住宅地です。
未だ記憶に新しいですねーあの地震は。あの時私、第一京浜にのって横浜方面に向かってる時だったので、よく覚えてます。
もうすぐ2年なんですね、そうですか。
それでは、さっそく、現場のカナエさん?カナエさん?
キャスターを演じる女優(1)(2)(3)がでてくる
(1)がしゃべり、(2)が動き、(3)はそれを見ている、と役割分担している
キャスター はい、こんばんわ。
DJ どうですか、そちらの様子は。
キャスター 先日帰還許可が出たばかりの地域ではまだ少し混乱がありますが概ね町の様子は穏やかです。
そんななか、2年ぶりに我が家に帰ってきたら、前に飼っていた犬が戻ってきた、というニュースがありました。
キャスター それでは、家に帰ってきた犬の様子をご覧ください
薄汚れた犬、瓦礫の中からしっぽを振ってでてくる
崩れかけそうな家を一生懸命かたづけていたパパが振り返る
パパ やあ、太郎じゃないか!ママ、太郎が帰ってきたよ!
ママ まあ、太郎じゃないの!まあ!まあ!
太郎 わん!わんわん!
おねーちゃん わー太郎!
いもーと わー、太郎、すごいねえ!
太郎 ワン!
犬をかこんで喜ぶ家族
キャスター 震災が起きて、誰もこの町にいない間、この犬はいったいどこで暮らしていたんでしょうか。久々の一家団欒です。
太郎 僕をかこんで、みながほがらかに笑っている。
何度も繰り返し見た景色だ。
実は僕は小さい頃、こんな時なんてバカな人たちなんだろう、と思っていた。
だってこっちは言いたいことがあるのに分かってなくて笑い転げてるだけなんて。
僕は自分をかこんでいる人々に向けて、ちょっとやめてよ、と抗議のつもりではなす。
そうするとまた続けて全ての人間が笑い転げる、なんて馬鹿げてるんだろう、と、
思えば思うほど、はなせばはなすほど、彼らは幸福そうで、途中で自分が不服になるのもあきらめた。
僕は自分の言葉が通じない、ということをうけいれて、それ以外の部分で話す事にしたのだ。
生まれて気づいたら僕はこの家に来ていて、突然家族になった。
最初はこういう扱いに不服な部分もあったけれど、そのうちにそこにいる人のことが好きになった。
彼らは僕にやさしい。僕を受け入れて愛情をかけてくれるからだ。
キャスター しかし実質ゴーストタウンと化したこの町で生き延びて、どうしてまた戻ってこようと?
太郎 それは、他の家にいくという選択肢はなかったわけではないんだけど。
しかし、うろうろと生活している間に、もう終わった物語だったこの家の明かりがついて、誰かが動いている気配がしたら、
それはやっぱりまたはじめたくなる。
明かりは家よりもよっぽど家らしい。高いところから見えるマンションの窓の明かりがひとつづつ、つくのの怖さは、
建物とはちがう形で家が見えてくるからだ。
僕はおおきいよりたくさんのほうが怖い。
お話を近いところにしておいて少ないままにしておく。だから僕はこの家に帰ってきた。
わん、わんわんわん。
キャスター なるほど。
パパ ママ、太郎がうれしいって!
ママ まあ、太郎がよろこんでる!
おねーちゃん たろう!
いもーと たろうたろう!
太郎 ワン!わんわん!ワン!わんわん!
あわれむ気持ちで僕はやさしくほえた。この土地に彼らが帰ってきていいことないってわかってたけど
僕は彼らのためにほえた。おかえりおかえり。
ワン!わんわん!
家族 おかえり、おかえり、太郎、おかえり
犬 わおーん、わんわん
キャスター 以上、帰還した家族のもとに帰ってきた犬の様子でした。
DJ はい、現場のカナエさん、ありがとうござ今した。
家族、俳優3犬、崩れかけた家の中にはいっていく
女優たち、瓦礫のなかでそのまましゃがんで一息つく
車からラジオがかからなくなる、バッテリーが切れたようだ
女優(2)、ポケットからけーたいだして番組を探す
DJが引き続きしゃべっている
DJ それでは曲をきいていただきましょう。The Ghosts, ”なんにもなくたって”
曲
舞台上では踊りが舞われて、車や家がとりさらわれ、女優たちは踊りに参加し、曲が終わるとそのまま舞台に残る
つったった彼女たちのまわりをさけるようにして、たくさんの蟻が瓦礫を一気に食い尽していく
瓦礫はどんどん形をかえて、舞台から黒い軍隊によって運ばれていく
4
何もない舞台
まだ少しだけ蟻の隊列がみえる
街灯がとっくに錆びながらそれでもまだときたま光っては消える
立ったままの女優たち、少しずつそれぞれの役割に各々最適な場所まで移動する
女優(1)(2)(3)が観客にむかって語りかける
(1)はしゃべりながらからだをゆらゆらさせる
(2)は蟻が残していったけーたいをひろいラジオを消し、セリフにあわせて動く
(3)は舞台の手前の角で座って眺めたり、(2)が近づいてきたら反対側に移動して眺めたりする
女優 あのね、これは寝れない夜のジンクスみたいな話なんだけど。
ある場所にたどり着こうとしたんだけど、そこはどのくらいでつくか分からなかったって、話、知ってる?
結局、つくから距離は決まってるんだけど。
どうやって行ったらいいかわからない、って、問題だよね。
歩いていっていいのか、自転車なのか、電車なのか、飛行機なのか、どれでいったらいいかわかんないって。
どこかわかんなくても、例えば井の頭線にのればいい、とか、二子玉川からバスにのればいいとか、
そういうのがわかっていれば、なんとなくの見当がつくけれど、
どこかわかっててもどう行ったらいいかわかんないと、その場所は永遠に抽象的なままだよね。
だから行こうとしなくちゃいけない意思だけがそのうち具体化する。体がなくなっても、わたしはその場所に行こうとし続ける。
わたしのばあちゃんよりもっと前の人にとっては、その場所にどうやっていったらいいか、
わかってたんじゃないかな、って最近は思ってて。
だって、人格が保存できなかった頃は、そこに体がつけなかったらついてないことになるから、
みんな、必死で、そこにどうやっていったらいいか、そればっかり考えてたんじゃないかって。
でも今は、どうやっては全然わからなくて、どこかってことだけははっきりしてる。
こんなにはっきりわかってるのに、たどりつけないから、だから私たちはずっと安心していられる。
その国にたどりつけないことを喜んでいる。
で、そういう場所を寝れない夜に思い浮かべていると、この世のものとは思えないほどおいしいものを食べる夢をみるんだってさ。
今度、ねむれない夜に、思い出してみてください。
女優(1)(2)、はける
舞台にこしかけて見ていた(3)が話しだす
(3) それでこのあとここは、この後芝居が終わり、劇場をでたあとの、ありふれた恋人たちの帰り道になります。
普通ゲノムの女の子と普通の男の子がいっしょに家までかえる道すがら。
どのくらいでつくかわからない場所まで。
5
床から白い壁が生えてくる
(3)が生えあがってくる壁を注意ぶかくよけながら歩く
と、男が舞台手前にあらわれて、二人、手をつなぐ
男と女、白い壁にそって歩いていく
男、首をまわす
男 あーあ。
女 どしたの。
男 体ががちがち。
女 あー、座ってたからね。
男 おもしろかった?
女 今日の?演劇?
男 うん。
女 ああ、まあ。てかなんで誘われた私?
男 や、なんかこの前みておもしろかったから、好きかなーッって思って。
女 やあ、まあ好きは好きだったな、うん。
男 お、よかった。
女 途中けっこう泣いたわー。
男 え、どこで?
女 え、なんか、太郎とか?ちょっとあの裁判?はわけ分かんなかった。
男 あー、あそこ?なんで?
女 や、普通になきどころかなって。
男 でも、君はかわってると思うけど。
女 普通だよ普通。
男、女から少し離れる
男 怒らないで聞いてほしいんだけど。君をみてると時々急に殴りたくなる。
女 ええ?なにそれ、そのうち殴る?
男 いや殴らない。実際それをやるふうにはならないけど、時々すごく殴るところを想像する。
女 想像できる事をやらないのは難しいよね。
男 でも僕はやらない。君のからだが好きだから。
女 え、ありがとう。
男 だからどうしてそんなに低く自分をみつもるの?
女 え!低くみつもってるわけじゃないよ、そうなんだって思ってるだけで。
男 そうでも、一人の人にできることはたくさんあるでしょ?みんな特別だっていうこともできるわけだし。
女 普通が怖いの?そんなにいけないことかな自分が普通だって思うことは。
男 怖いとかいけない、とかより、そうじゃないって、わかってほしいんだ。
女 わかった。
男 即答だね、ほんと?
女 うーん、たぶんね。
男 ほんとに?
女 たぶん。
男 ふーん
男と女はずっと歩いていて、壁もずっと途切れずに続いている
男 おなか空いたね
女 なにか食べる?
男 うちかえって作ろ
女 何ができるかな
男 パンケーキ?
女 またか
男 きらい?
女 ううん、パンケーキ好きだよ、安いし
男 じゃあ、そうしよう
女、立ち止まる
女 ねえ、一瞬、ちょっと休まない?
男 いいよ、どこで?
女 うーん、あそこ?
二人、腕をくんで白い壁の前に座る
長い間歩いていたので、二人ともだらっとする
男 あ、パンケーキ食べたら悲しくなる薬を飲まなきゃ
女(笑う)
男 いつも笑うけど、薬がないのに悲しくなれるほうが不思議だってば
女 怒る薬は?
男 最近は飲んでないな、あんまり怒らなくても良くなったのかも。でも診断がでたら飲むかな。
君は健康なのはラッキーなんだよ。何の努力もなく喜怒哀楽できるなんて、才能だよ。
女 普通だって。
女、男の肩に寄っかかって目を閉じる
ゆっくりと幕が閉じる
(終)
幕の前でカーテンコール
議長、議員たち、家族、犬、キャスター、そして恋人たちが順々に出てきて挨拶をする
拍手
観劇を終えて、汗ばんだ観客たち
アナウンス それではこれから3日前にもどりますが、このまま、3日後の世界で帰りたい方はこのままお帰りください。新年のカウントダウンをしたいお客様はまた、もどりますので、向こうで一緒に年を越しましょう。
幾人かの観客が帰る、舞台監督、裏から出てきて舞台上にたつ
舞台監督 はい、いいですかもうおかえりのお客様はいらっしゃいませんか?
それではまもなく3日前に戻りますので、そのまま座ってお待ちください。
はーい、それでは、時間さーん、お願いします!
間
だれか 時間さーん?時間さーん?ブースには見当たりません。
舞台監督 あれ?時間さんいない?困ったな
内心はらわた煮えくりかえつつ
舞台監督 しょうがない、すみません、お客様もみなさまふくめて、ちょっと一瞬動き止めてもらってもいいですか?
はーい。
終わり
あらすじ
2050年、人間がかいたプログラミングを転写できるゲノムが市販され、さまざまな赤ん坊が生まれていった。
特別な人間になるようにプログラムをするのは禁じられているので、売られているゲノムは全て普通の人になるようにデザインされた普通ゲノムで、特殊な技能のみ特化させた専門ゲノムは公共の機関でつくられている。意思疎通できる生き物の権利はどんどん保護され、戦争はなくなって随分たつ。そんな世界にも大晦日はあり、新年はくる。
2164年の12月31日の東京を舞台に未来の演劇を妄想する、思考実験的戯曲。
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